2011年3月末。

私達は東日本大震災直後の雨の中、松阪まで電車旅をしました。

飛雁閣を銀座に移した時、友人から佐賀牛を紹介して貰って、それまでずっと仕入れていたのですが、一連のブランド詐称事件で、松阪牛と偽って佐賀牛を出していた老舗料理店のことがずっと頭に引っ掛かっていたのです。佐賀牛の評価が低すぎる。宮崎牛があちこちでブランド牛となっていると聞きます。実際、個人的に鹿児島・宮崎の食肉メーカーは知己が多い。しかし、日本を代表する松阪牛ブランドに対する憧憬には勝てませんでした。私は飛雁閣の佐賀牛を松阪牛に代えることにしたのです。

難しい商流を解きほぐして辿り着いた松阪の街。古典を開けば本居宣長が、師と仰ぐ賀茂真淵と会った場所として有名。

松阪牛初入荷の時、友人を招いて、男性は300g・女性は200gのサーロインステーキをペロリと平らげました。飛雁閣のコース料理で提供したのはレアに仕上げたフィレ肉。これは家庭画報誌通販でも2012年正月号で取り上げられました。

それから10年。

殆どの食用牛は肥育期間を縮め、消費者が要求するサシを出す為に、研究(改悪)された飼料を使うようになりました。スーパー等でA5等などと売られている肉を求めても脂が気持ち悪くて喉を通らない。見掛けしか審査しない認証機関の責任問題でもあります。日本の牛肉は明らかに間違った方向に進み、自己崩壊へとまっしぐら。

もうサーロインは食べたくないお客様が増えた結果、稀少部位を求めるより他ならなくなったのです。宮崎牛の関係者からもサーロインよりハラミの方が美味しいという声を聞きました。松阪牛にも良し悪しが厳然として存在するのは業界常識なのです。

昨年12月も押し迫って来た頃、私は松阪牛のメーカーの社長を呼び出し、稀少部位を100人前依頼しました。ところが一週間程経っても納品がありません。気になって催促の電話。しかし思ってもみなかった回答に驚きました「御社の注文の為に牛を3頭つぶしました」。

サンプルを焼いてみると、香り高く柔かく脂がスッキリ。

この渾身の肉を銀座飛雁閣ではミディアムレアで仕上げます。