輪島塗師・大崎庄右ヱ門先生インタビュー
飛雁閣では、江戸時代から続く塗師屋「大崎庄右ヱ門」の4代目・大崎庄右ヱ門先生が「100年使える」と太鼓判の輪島塗りの箸を使用しています。男女兼用のため使い勝手100%とは申せませんが、軽く滑りにくいのでデリケートな箸さばきに応えてくれるものと期待しております。
日本が誇る高級ブランド“輪島塗”はどう作られどう広まったのか? その秘密がタモリさんが各地方をブラブラ歩いて解き明かすNHKの「ブラタモリ#210」で2022年7月23日に放映されました。
なお、以下は2018年に行った大崎庄右ヱ門先生へのインタビューです。輪島塗の大家である大崎先生に輪島塗の歴史や魅力を教えて頂きました。(2018年7月 聞き手:藤本飛呂)
漆器の本質は「堅牢優美」
藤本――本日は、伝統工芸の世界から4代目塗師屋・大崎庄右ヱ門さんをお迎えしました。NHK連続テレビ小説『まれ』の舞台にもなった工房で、輪島塗の漆工芸製品を作っていらっしゃいます。
大崎先生――はじめまして。本日はお招き頂きありがとうございます。
藤本――まず初めに、漆工芸の歴史や輪島塗の由来などについて教えて頂けますか。
大崎先生――日本での漆の歴史は大変に古く1万年ほど前の縄文早期には漆の木を育成し、生活道具や装飾品などを作っていたことが様々な古代遺跡の発掘調査によってわかってきています。輪島塗の由来にはいろいろな説がありますが、鎌倉後期から室町初期頃に紀州の根来寺の僧侶が根来塗の技法を輪島に伝えたのが起源というのが大方の定説となっています。しかし事実としては、能登半島の数々の遺跡からは7,000年から8,000年前の漆器や装飾品が多数発見されています。
藤本――輪島の漆器は100年間もつと聞いて驚いたのですが、数千年を経ても漆は生きて、その役割を果たしているということなんですね。
大崎先生――飛鳥や奈良時代の作品が法隆寺や正倉院などに現存していますが、何とその漆の組成は現在とまったく変っていません。漆は最高の接着剤であり自然塗料です。
藤本――漆器と言えば、その優美な美しさですが…。
大崎先生――私は、漆器の値打ちは堅牢さだと断言します。漆塗りはスクラッチにも強く、器の素材に強さを与えます。塩酸や硫酸を入れてもびくともしません。「堅牢優美」は、是非、皆様にご認識頂きたい輪島塗の代名詞です。
藤本――美しさのベースが、漆の特性である「堅牢さ」にあるとは意外です。
大崎先生――是非、日常使いをしてください。確かに見掛けの価格は安くはありませんが、何十年も毎日使うことができるので、1回当たりのコストは非常に安価です(笑)。
100を超える手作業から生み出される渾身の漆器
藤本――素人の浅はかな質問をお許し戴きたいのですが、漆器の製造工程を確認させてください。流れとしては、先ず大崎さんのような塗師の方が顧客と打合せをして出来上がりを決められる訳ですね。
大崎先生――輪島塗には100を超える手作業の工程があります。その工程を11職種の職人で分業し製品を製造していきます。作業の流れは大方、次のようなものです。
①「塗師屋」が企画・デザインを行います。
②「塗師屋」が「木地師」に木地の製作を発注します。輪島自生のケヤキなどの樹木は、土地柄もあって強い海風や冬の寒冷の影響もあって非常に木目が詰まった堅固な材料となります。10年ほどかけて乾燥させた後、木工材となります。
③ 完成した木地を塗師屋の工房で「下地塗」「研ぎ」「上塗」を行います。本来の輪島塗では8回ほどの塗り作業と研ぎ作業を行います。
④ 加飾する場合は、「沈金」「蒔絵」「呂色」などの各職人がその作業を行います。
⑤ 完成した製品は、塗師屋からそれぞれの顧客様に納品されます。
藤本――大崎さんと懇意であるご高名な蒔絵師・田崎昭一郎先生の絵付けの前には、大崎さんの工房で8回も塗り・乾燥・研ぎなどの工程を重ねるのですね。この工程での独自の技術や集中力を拝見すると、あの価格になる訳がよく分かります。他の産地より数倍の努力や技術、作業工程で作られるからこそ1点1点に品格が感じられるのですね。
大崎先生――東京などの百貨店で、輪島の何倍もの価格で売られているのを見ると、堅牢優美な生活道具を作っている私たちとしてはとても心が痛みます。
藤本――本当に「本物」が欲しいのならば、輸島をお訪ねするべきですね。
大崎先生――羽田-能登間は1日2便あって便利です。羽田から能登は1時間と至近ですし、温泉や新鮮な海産物料理なども有名ですから。一度、時間を作っていらしてください。
藤本――是非、近々先生の工房や田崎先生の作業場などを見学に行きたいと存じます。
使い込むほどに輝きを増す輪島塗の魅力
藤本――さて話を本題に戻して、もう少し輪島塗の特徴や作業工程などについてのお話を伺いたいのですが…。
大崎先生――塗師屋である私にとって何よりも優先することは、代々伝わる漆の管理です。30年から50年ほど前に精製した漆も何の変わりもなく使っています。毎回、納品される純日本産漆原液から異物を取り除き、その後、組合に頼んで精製してもらいます。それをモルトウイスキーのように蔵の中で湿度と温度を調整しながら10年以上寝かせます。どんなに貪乏していても漆の仕入れを怠たることはありません。漆は「命」ですから…。私たちは、基本的には朝から夕方まで作業机の前に座り、塗り仕事を行います。
藤本――輸島塗が、他の産地と較べて優れていると言われるのは何故ですか?
大崎先生――輸島には独特の珪藻土があり、漆と混ぜ合わせると堅牢度が著しく増します。そして、使うたびに手脂を吸って独特の艶が出てくるのです。これが他産地物との一番の違いとなります。使い込めば使い込むほど美しい輝きが出てくるわけです。傷がつき難く、よほど荒っぽい扱いをしない限り壊れません。軽くて丈夫なうえに使えば使うほどに輝きが増す。長年、輪島塗をご愛顧してくださるご家族では、親から子へ、子から孫の代へと使い回されていきます。
藤本――塗師屋・大崎家の出自は?
大崎先生――明治43年に輪島大火があって1,800戸が消失しました。この大火で古文書の多くも消失してしまいましたが、残った文献からわかったことは「江戸中期から後期にかけて京都の裕福な公家や商家からの命を受けて輸島塗の漆器製造を行っていた」ということです。
藤本――汐留にあるコンラッド東京の1階エントランスにあるオブジェは、大崎さんの塗りだけで仕上げてあります。写真のように前衛芸術性さえも感じさせます。
大崎先生――金沢美術工芸大学の先生が作られた素地を塗り上げたのですが、絵付けをせずに一対のオブジェを引き立てる仕上げを考えてこの朱色にしました。現在、生漆はその99%が中国産となっています。しかし、中国産の漆ではこの朱色は出ません。
藤本――奥行きのある朱赤で透明感もあり、何時間観ていても、まったく飽きがきません。
食品衛生面でも理にかなう漆の抗菌作用
藤本――次は更に下賎な話ですが…、漆ってかぶれますよね?
大崎先生――抗体が出来るまでには何年もかかります。抗体で免疫ができた後は一切かぶれることもなく、その免疫は遺伝するように思います。私の娘たちは漆の中に手を入れても、まったくかぶれることはありません。
藤本――私共は台湾マンゴーを輸入しているのですが、マンゴーも漆科の植物ですね。実は私、20年程前にマンゴーを毎日食べ続けたところアレルギーが出てしまいました。現地で伺いますと、マンゴーのかぶれを消す木の実が隣り合わせに立っていて、かぶれてもそれを食べるとすぐ治るそうです。
大崎先生――輸島にはそのような解毒作用のある樹木はありませんね。サワガニをすり潰して塗布すると治るという話は、漆職人の間では有名な話ですが…。また、漆の木には面白い特性があるようで、決して群生はしません。また人の気配がしない場所では育たない。「漆は人を恋しがる」と言われています。
藤本――そういえば、漆・漆器には「抗菌作用」があると聞いたことがあるのですが。
大崎先生――漆器についた大腸菌は24 時間後には死滅するという研究結果があります。この実験は金沢工業大学で行われたのですが、元々、漆の主成分であるウルシオールには抗菌作用があることはわかっていました。この漆原液を水で溶解した化合物でもその効果があることが科学的に証明されました。昔から漆器は食器や水差し、酒杯などによく用いられてきたことの理由が、実は食品衛生や健康管理と密接な関係があったことがようやく科学的に説明できる時代となってきました。
藤本――仏像・古美術・伝統工芸品などを見ると500年、1,000年にわたる歴史の移ろいを感じますが、身近にある食器や生活道具がこれから何百年も使われることが可能だという事実は、極めて重いですね。
大崎先生――その分、手抜きができない厳しい仕事だと思っています。
藤本――漆は“japan”という国際語にもなっています。また外国に行けば10倍以上の値段が付くとも言われます。オーストリアのシェーンブルン宮殿の漆の間やマリー・アントワネットの漆工芸品コレクションなどは、日本でも大変、有名ですね。まさに「灯台下暗し」で、見掛けが高価だからと本質に対する理解を怠たる結果、折角の伝統工芸作品が海外に流出してしまうのは実に情ない話です。
大崎先生――最近では、アラブの王室やヨーロッパ・中国などの富裕層の方が輪島の工房まで直接お出でになります。現在では、茶道具などでしか触れることがなくなった漆工芸品のイノベーションを、私たち製造者はもっと精力的に行う必要性があると思っています。
藤本――私共も掛け替えのない伝統文化・伝統工芸の世界にもっと気付き、寄り添って行く必要性を感じています。この度は大変ありがとうございました。
私たち、日本人は箸を用いて食事をします。
SDG’sが重要視される最近、割箸は余りにも無神経。焼肉店では直火に強い金属箸(中空)が多いのですが、中華料理店では伝統的に象牙を模したプラスチック製が多く、先太なので極めて扱いにくくて困ります。結局、プラスチックや木を素材に塗りを施した箸が使われるのですが、変形していたり塗装が剥げているのは興覚めです。勿論、箸先は細い方が良い。
ご存じですか? 飛雁閣でお使い戴いている箸は輪島塗り「100年箸」です。男女で太さを分けることも考えましたが、テーブルセッティングの都合で細いタイプのみを選定。男性諸氏に我慢をして戴くことにしました。
大崎庄右ヱ門
Syoemon Osaki
江戸中期から後期にかけて創業した輪島・塗師屋『大崎庄右ヱ門』四代目。輪島漆器商工業協同組合理事などの要職を歴任後、後進の指導や輪島塗のイノベーションを目指して国内外で精力的に活動している。NHKの番組企画などで「漆や漆器」がテーマのときは必ず登場する「漆工芸の伝道者」。現在、一般社団法人 輪島漆芸技術文化振興協会の代表理事。近年、ノリタケや大倉陶園などの陶磁器メーカーと「新たな美術工芸品」や「生活道具(テーブルウェア等)」の企画・製造に取り組んでいる他、海外からの富裕層観光客をもてなす料亭旅館や著名シェフからの指名を受けて、伝統の技と進取の感性を活かしたテーブルウェア類の企画・製造などを行っている。